これまでに行われた調査の概要
 滝坂遺跡では昭和53(1978)年の第1次調査から今日まで、調査した地点は約180件を数え、旧石器時代から、縄文時代早期、縄文時代中期後半、弥生時代末〜古墳時代初頭、古墳時代後期の各期に、多大な成果を上げています。
 「滝坂」という旧字名を正式に遺跡名として冠したのは、昭和57(1982)年の市道整備に伴う調査を契機としています。この調査では、これまでまとまって出土することがなかった縄文時代早期前半、撚糸文系終末期の特異なデザインをもつ土器が、1軒の住居跡の中からまとまって出土したことで大きな注目を集め、出土した土器群は遺跡名から「滝坂式土器」と命名されました。
 時期別にこれまでの主な成果を見ていくと、まず旧石器時代では、昭和53・57年にも複数の時期の石器集中と礫群が発見されていますが共に市道整備に伴う小規模な調査でした。旧石器の面的な本発掘調査が初めて実施されたのは、平成16(2004)年のこと。ローム層中から多量の遺物が出土し、V層中部から\層下部まで、層別に9時期に分離されました。特にW層上部と下部では明瞭な炉跡を伴う石器製作跡が旧石器時代の居住の痕跡を具体的に 留める稀有な例として特筆されます。
 縄文時代では早期には前述の昭和57年の成果があり、中期後半には昭和62(1987)年調査のSI-2住居跡を皮切りに、崖線に沿って東西に細長い遺跡の、中央から西寄りを中心とした集落が発見されています。
 昭和63(1988)年の調査で、市内初となる弥生時代末〜古墳時代の住居跡が発見されました。現在までに23軒の住居跡が調査され、この時期では近傍最大規模の集落であることがわかって来ました。集落の分布は縄文時代中期後半の集落と重複しつつ、東寄りにも広がりを持つようです。
 古墳時代後期の集落は遺跡中央から東寄りに、他時期の集落とは重複を見せずに分布しています。市内大沢地区に80基以上(伝承含む)確認されている横穴墓と同じ時期の集落です。また、方墳の周溝と考えられる溝状遺構の一部が確認されています。

滝坂遺跡 住居跡分布図


滝坂遺跡 住居跡一覧