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大沢の遺跡10

〜戦時下の大沢(高射砲陣地跡の発掘調査)〜
 かつて三鷹には軍施設や軍需工場などが数多くありました。大沢地区では昭和16年の「東京調布飛行場」の開設以降、数多くの軍に関連した工場や研究所が操業を開始し、一帯の風景が急速に軍事色を強めていきました。昭和18年、これら施設の防衛のために、高台に高射砲陣地が設置されました。この陣地には6門の高射砲が配備され、付属の電波探知所(レーダー施設)で目標機と弾道の位置関係を計算して連動射撃体制をとるという、当時としては画期的な軍事施設でした。
 平成5〜6年、羽根沢台遺跡(大沢四丁目)で特別養護老人ホーム「どんぐり山」の建設に伴う発掘調査が行われました。調査の主眼は旧石器〜縄文時代におかれていましたが、この調査場所については、隣地の保育園「椎の実子供の家」の敷地内で既に4ヵ所で高射砲の台座が確認されていたことなどから、一帯がかつての高射砲陣地であったことが早くから知られていて、戦時関連の遺構が発見された場合には調査を行うことにしました。
 発掘が進むと、2ヵ所から高射砲台座が現れました。無筋コンクリート製で、径3.1m、高さ1.5m程の八角柱形です。上面の中心部分に高射砲を固定するための金属部品が残っていました。1基は建設工事によって除去されるため、記録保存のための詳細な調査を行い、調査成果として『羽根沢台遺跡U』(1996)の中に、他の時代の遺跡と合わせて報告しています。なお、もう1基は現地の地下にそのままの状態で埋戻しています。
 高射砲台座の周辺では半地下式と思われる建物の跡(平面形が@長方形とA円形)、B通信ケーブルを埋設したと思われる溝、4地下壕などが発見されました。これらは当時の関係者の証言などから、@は退避壕、ABはレーダー関連施設、Cは弾薬庫と考えられます。地下壕(弾薬庫)が折れ曲がった形なのは、爆撃を受けた際に爆風の直撃を避けるための工夫だそうです。これら遺構の内外では高射砲弾の先端部分、陸軍星章の付いた陶器皿、軍支給品と思われるペン軸などの遺物が出土していて、現在、「どんぐり山」で旧石器時代の石器とともに展示されています。
 発掘調査におけるこれら戦時遺構は、旧石器時代など大昔の人々のこの地での暮らしぶりや土地利用の仕方を知ることと同じように、戦時下における土地利用の歴史やその背景を知るうえでの重要な手がかりを残しています。

右:発見された高射砲台
左:発見遺構の配置図(周囲のマス目は2m)
大沢の遺跡11 〜大沢はなぜ遺跡の宝庫なのだろうか〜